二次創作ものです。

父島in小島航&石田咲良。キャラはゲーム設定準拠です。

 

 

 

笛や太鼓の音が賑やかに辺りを包んでいる。

小島航は前を歩く石田咲良にほんの少し遅れて、雑踏の中を付いていく。
遅れて歩くのは真横に並ぶのが少し照れくさいからだ。
南の島に来てから、彼女の服は少しづつ露出度が高くなった。以前いた青森に比べて遥かに暑い、ということもあるが、彼女がクラスで仲良くしているこの島の女の子、山本えりすの見立てによるものらしく、週末、村中心部唯一のファッションセンター“しまうら”に連れ立って買い物に行く度に、彼女の着る私服はどんどん肩や足の見えるものに変わっていった。
男として嬉しくないことは決してない。
が、まだ南国の太陽に慣れない彼女の肌は白く艶かしくて、航には眩しすぎた。
「ねぇねぇ、あれは何?」
不意に咲良が振り返る。青い髪を揺らしてあどけない笑顔を浮かべて。
咲良の指差す屋台には、鉄板に並ぶいくつもの球体。
「あれはたこやき。初詣の時にも出てたよ?」
「…あのときは寒くて暗くて、それに…あまり周りを見てなかった」
少し頬を染める咲良の言葉に、航はドキリとする。不意な木枯らしが寒いと震える姿に思わず抱いてしまったダッフルコート越しの細い肩の感触が、腕に蘇る。
「そ、そう…。食べたいんなら…」
言い終わるより先に彼女は屋台の前に走り出し、航は慌ててその後を追う。島の夏祭りは、どこからこんなに人が湧いたのかと不思議になるほどのにぎわいだった。
(迷子の心配はいらないと思うけど…)
航が人の波をくぐり屋台の前に出ると、彼女はじーっと店主がたこやきを器用にひっくり返す動作に見入っていた。
「そうか…。回転させることによって球状に整えるんだ。無駄な作業のようでいて、動きは…そう、美しい」
「お嬢ちゃん、上手いこと言ってくれるね。おい彼氏、今なら半額にまけちゃうよ?」
「え?あ?俺?…はい、一つ頂きます…」
鼻先にほっかほかのたこやきのパックを差し出され、航は慌てて財布から小銭を探した。
「まいどっ!」
(乗せられてしまった…のか?)
パックを受け取り隣にいるはずの咲良を見る。が、彼女の姿はもうそこにない。
(…ったく)
きょろきょろと辺りを見回す。
はす向かいのピンクや黄色のビニール袋が沢山下がった屋台の前に揺れる青い髪。
タライのような機械の前で、咲良は再び屋台の男の動作に見蕩れ、子供のように口まで開いている。
「石田」
声を掛けると、彼女はちょっと済まなそうな顔をして、それから尋ねた。
「これは?これも食べるもの?甘い匂いがしてる」
「これは綿菓子。熱で溶かした砂糖を勢い良く回転させると細い糸状になる。それをふんわりと箸で絡めとると綿のようになるんだ」
アセチレンの光に照らされる飴の糸がキラキラと輝いて、その数筋が咲良の髪に舞った。航はそっと綿の欠片を払ってやる。
「航は物知りだね…いや、私が知らないだけなのかな…」
咲良は寂し気な顔で俯く。
「あ−、違うんだ、石田。俺は兄さんに頼まれたこともあってさ、」
「小島先生の代わり?」
「代わりじゃない。んーと、俺がやりたいから…あー、うん。いろいろ調べてる。それはそれで楽しいから、石田は気にしなくていい」
「そうか。私も尋ねてばっかりじゃなくて、もっと自分から調べなくちゃいけないね」
「いや、俺が知ってることなら、俺が教えるよ。そのほうが時間に無駄が無くていいだろ?」
「ありがとう、航」
笑顔がこぼれる。航の気持ちまで暖かくする、真綿の笑顔。
航は少し照れながら、胸を叩く。
「ああ、遠慮なくなんでも聞いてくれ」
咲良は笑顔のまま頷き、航の後ろを指差した。
「それじゃ、あの香ばしい匂いの麺はなんていうもの?」

「あーサラちゃんだー」
境内の階段をあがったところで、辻野友美の元気な声が聞こえて来た。
山吹色に朝顔をあしらった浴衣に身を包んだ辻野は、流石に下駄では走ってこない。
隣にはやはり濃紺のかすりの浴衣をさらりと着こなした田島順一が立っていた。
「よう」
「友ちゃん達も二人?」
屈託なく言う咲良に航はドキリとするが、辻野も同じように慌てて顔の前で手を振った。
「ち、違うんだ、田島は私がここに住んでるニワトリが怖いからって…」
辻野は田島の浴衣の袖をしっかり握りしめ、それからちらりと田島の背後を見た。
視線の先、二人から約2m離れたところに、やはり浴衣に身を包んだ中山千恵が不自然に立っていた。
中山は真っ青になった瞳で、じぃーっと田島を睨み付けている。
「お前らも上にいくのか?」
「ええ。じゃあまた後で」
思うにかなり困難な状況にありながら平然としている田島に、航は敬意を表して、三人の前を後にした。

境内は参道より緑が多い。出店の数も減り、海から吹き上がる風に揺すられた木々のざわめきや、ところどころに置かれた松明の木のはぜる音がはっきりと聞こえている。
「友ちゃん達が着ていた、あの服は何?暑いのになんでみんな長袖で裾まである服を着ているの?」
「あれは“ゆかた”っていうんだ。俺も着たことはないけど、見た目より涼しいらしい」
「へぇ、そうなのか。私も着てみたいな」
「石田ならきっと似合うな」
「そう…だといいな」
そう言ってはにかむ咲良の顔は、松明の赤い炎に照らされて、航には少し大人びて見えた。

咲良はこの島に赴任して変わった。少なくとも航はそう思っている。
青森の部隊が解散して、隊長という任を降りた咲良は自分の存在価値が無くなったと泣いた。だからこの島への転属命令には目を輝かせていた。
自分は戦うことしかできないからと。
幻獣を沢山殺すために生まれたのだと。
そう言う咲良の瞳は寂しそうだが、それでも泣いているよりはマシだった。
葉月の作る豚汁をすすり、何もせずぼーっと窓の外を見ている咲良は、武器を振い幻獣を殺しているよりずっと…辛そうだった。
帰る故郷も無い咲良はそのまま青森で普通の高校生として過ごさねばならなかった。
一般人から見ればそれは幸せなことなのだろう。
けれど彼女にとって、それは不幸だった。不幸というのは言い過ぎかもしれない。
性能を生かせないまま死蔵される車両のようだ、と彼女は言った。雨が振り、暖かくなるごとに身体のどこかがが錆びて…ギシギシと関節の動きが悪くなるみたいなんだ、と。
青森を守り切った彼女に与えられた褒美は、大人たちの余計なお世話でしかなかったのだ。

赴任して早々、咲良はこの島の分遣隊隊長、石塚と大ケンカをした。ケンカといっても彼女一人が荒れ、問いつめただけだが。
「あんなぼーっとした男が隊長なんて許せない。私はいつだってどんなところだって最高の指揮を取れるよう教育されているのに!」
「しょうがないだろう。ここは海兵隊に属する分遣隊だ。陸軍所属の俺達とは装備も流儀も違う」
「ならば何故こんな所に私が赴任させられるんだ!」
「…それは…軍が必要だと思ったからだろ?」
「え…?」
咲良の表情が和らぐ。
「…本当にそう思うか?」
「でなけりゃこんな遠いところに、俺達が高い輸送費を使って送られてくる理由があると思う?」
「そ、そうだな。ウン、そうか。私はここで必要なのか!」
咲良に与えられた仕事は整備だった。自分には学ばなければならないことが山ほどあると知る咲良は、勤勉にそれをこなした。
そして島の撤退と思い出作り――“たんぽぽ”の再生作業に事態が変化していくにあたっても彼女はそれが自分の役割だと納得していた。
日に日に形を成してゆく“たんぽぽ”に、クラスメイトと共に喜ぶ咲良の姿を、航はまるで父親のように見守ってきた。
航は自分が、兄―小島空の思惑でここに彼女と一緒に送られて来たのだと自覚している。

殺さなくても戦いはできる。
殺さなくても、人は救える。
殺さなくても、夢を見れる。

機械油にまみれ、星を見上げ、波に漂ううちに、彼女はゆっくりとそれを学んでいった。
それが彼女がこの島に転属させられた本当の理由なんだろうと航は思った。
笑って見送る兄の姿を思い、航は感謝の言葉を告げる。

「あ、来た来た!」
神社の裏手にある高台は一番見晴しがいいんだよ、と航に教えた張本人、篠山瀬利恵が二人の姿を見つけ、声を掛けた。クラスメイトのほとんどが、既にそこに集まっていた。
「ずいぶん買い込んだわねぇ」
航が腕一杯に抱えた縁日のお土産を見て、古関里美が笑う。
「あー、ほら、垂れるぞ、水飴が!」
「え?あー?」
咲良が最後に買ったすもも飴が割り箸の軸を伝い、咲良の指に垂れ下がろうとしていた。
「舐めちゃえ、早く!」
佐久間誠司の言葉に促されて、咲良はぱっくりとすもも飴を口にくわえる。
「んぐくーー!」
咲良の口に、そのすももは大きすぎたのだ。
「このバカザル!なんてことさせるのよ!」
「俺は舐めろって言っただけだ〜!」
篠山に締められる佐久間の脇から、蔵野みずほがそっとハンカチを差し出した。
年少組――しかも訳ありが多いこの部隊では、咲良の幼さも皆の許容範囲だった。皆がごく自然に彼女に、背伸びをさせず、かといってプライドを損ねることもない程々のラインで接してくれたのも、良い方向に作用したのだと航は思う。

けれど航は、咲良とこの島の環境が自分にも作用した何かを自覚してはいない。

「もうそろそろ、かな?」
石塚委員長が他目的リングを確認するように手を当てた。
皆が同じ夜空の方を見つめていることに咲良は不思議に思い、航の方を振り向いた。航は咲良に今夜のイベントのことは内緒にしていたのだ。
「なに?何があるの?」
と、夜空に、ぱぁんと花火が上がった。
咲良の顔に笑顔がはじける。
「あれは知ってる!花火だ!照明弾とも信号弾とも違う、人の目を喜ばせる為の弾薬、でしょ?」
「そう。僕も久しぶりに見る」
音を立て舞い上がる花火に、人々は歓声を上げる。風に流れてくるにおいは、自分たちが知るものよりももっと乾いていて心地よい。
「本当に、綺麗な火薬というものがあるのね…」
夜空を彩る光の宴を、咲良はうっとりと眺めていた。花火の儚い輝きに照らされたその顔を、航は一生忘れまいと思った。

花火は暫しの間この小さな島全体を照らし、そして最後に大きな破裂音を残して、また島を闇に包んだ。
「あーあ、終っちゃった…」
残念そうに空を見続ける小野の隣で、松尾が固まった身体を伸ばすように屈伸をしはじめる。
「けど、このご時勢に花火なんて、贅沢だよなー」
「これがこの島の最後のお祭りだからね」
石塚の言葉の意味に、皆が少し寂し気な表情を浮かべた。
田上由加里がパン、と腰を叩き、皆の気分を変えるべく口を開く。
「さ、明日からはみんな離島の準備ね。また忙しくなるわよ。…あ、咲良ちゃんたちには関係ないけど…」
「いや、手伝う。私にできること、なんでも言ってほしい」
そう真剣な眼差しで言う咲良を、受け入れられないものなどここには誰もいなかった。

 

夏が終る。

この先、戦争はまだ続くのだろう。
また彼女は幾つもの戦場を渡ることになるのだろう。

だから航は願う。
この夏の日が、彼女の記憶の中でいつまでも、
心から、

『楽しかった』

と思えるように――。